どこの学校にも、変わった人はいる。
見た目が目立つとか、行動が変だったり、意外な特技を持っていたりなど。
本当のところ、変わっている彼らがそのことをどう思っているのかなんて、傍から見ている普通の人間には分からないけれど、案外、周りが思っているよりも実は普通の人間だったりするのかもしれないし、やっぱり、ちょっと変わっているのかもしれない。
これは、とあるクラスに在籍しているちょっと変わったクラスメイトのお話。


うちのクラスのカナメくん
−美術部のE花ちゃんの場合−


例えば校庭。部活動に励む生徒の姿だとか、掛け声とか、熱気とか。
例えば廊下。お昼休みの生徒たちの話し声とか、足音とか、先生の呼び声とか。
青春ってやつは、きっと至るところに落ちているのだろう。じゃあ、私の青春ってやつは、一体どこにあるのだろうか。

部活動に、そこまで精力的に励もうというような力強い気持ちはさらさらなかったのだけど、それでも、入学早々美術部に入部したのは、やっぱりなんとなく絵を描くことが好きで、絵を描くことが好きだという自分をなんとなく分かりやすく枠の中にはめ込んでおきたかったからなのではないかと思う。
学校というものは、どこか均質な印象を受ける。カラーではなく、モノクロで刷られたのっぺりとした印刷物のようなイメージだ。それはここが、人が社会生活を営むための集団行動だとか協調性だとか、そういったものを育む場所だからかもしれない。
そこにいると私は、自分がまるでモノクロの世界に身を投じているような気がしてしまう。色を見つけるのが難しいのだ。

「じゃあ、最初の課題は“青春”にしてみましょうか。画材や手法は自由でいいですよ」

美術部顧問が、新入部員に出した最初の課題が”青春”だった。
大人は、私たち学生を見てすぐにその“青春”というものを感じ取れるのだという。「青春だねぇ」とは、私たちが大人たちから耳にタコができるほど聞かされているセリフだ。

(青春。青春ねぇ)

高校という空間には、それが溢れていると大人たちは口を揃えてそう言うが、私たち高校生にとっては、それはただの日常に過ぎない。
そしてこの年齢の人間特有の思春期ってやつ(私は、大人たちからその言葉を使われることが心底嫌いだ)が、この日常空間からの脱出に対して、私たちに強い憧れを抱かせる。
こんな日常のなんでもない風景やなんでもない瞬間を切り取って、一体何が楽しいというのだろうか。


高校での美術は、何も部活だけに限ったことではない。
中学とは違って選択肢はあるものの、大抵の場合は美術か音楽のどちらか一つを選択しなければならない。私は当たり前のように美術を選択していた。
「じゃあ今日は、自画像を描いてみましょうか」
選択式の、でも半強制的な授業は、やる気のない空気で満たされている。誰もかれもが好き好んで選んでいるわけではないので、(そもそも選択肢は二択しかない)それは当然のことだった。
私は一人一つ配られた鏡を眺めながら、如何にも退屈そうな顔の自分を見つめて、鉛筆を走らせ始めた。教室全体に漂っているのと同じ、モノクロで平坦な画面。しかし、何度か鏡に目をやっていると、そこに一際明るい何かが映った。
(あっ)
私の席から丁度2席くらい間隔をあけた後ろの席に、クラスでもとびきりの有名人の姿が映っていた。

大杉要。
平均以上の長身に目立つ髪色。そして、大きな目。
入学当初は、それこそ彼の不穏な噂を数多く耳にしていたが、今となってはそんな噂も下火になっていた。少なくとも、私たちのクラスの中では。
(本当に金髪なんだ)
鏡の端にちらちらと映るそれは、彼の目立つ髪の毛だ。髪を染めることは、当然ながら校則で禁止されている行為だった。校則で禁止されているものを何故彼は許されているのか未だに不思議だったが、最早クラスでもそれを気にする者はいない。
何しろ、彼を警戒する人間にとってもそうでない人間にとっても、分かりやすいトレードマークのようになっていた。

私は、何故彼は選択授業で美術を選んだのだろうかと考える。
そのいち、絵が好き。
そのに、歌が嫌い。
そのさん、適当に選んだ。
そのよん、・・・・・
これ以上は思いつかなくて、意識を手元に戻した。
彼と話したことはなかった。クラスでの私の席は彼とは比較的離れた場所にあって、普段、そちらを意識するようなことはほとんどない。近い席順で戦々恐々とするクラスメイトたちのことも、どこか遠い別の世界の話のように感じていた。

彼は一体どんな絵を描くのだろう。
そんなことを空想しながら、私は鏡の端に映る金色を眺めていた。


「じゃあ、今日は友達とペアを組んで、お互いの顔を描いてください」

次の美術の授業ででた課題は、そんなものだった。
周囲はそれぞれ、仲の良い子同士でペアを組み始めて、次々と席を立つ。私も誰に声を掛けようかと迷いながら立ち上がると、一気に慌ただしくなる教室内で、彼だけが一人、ポツンと座席に座ったままでいることに気が付いた。
そういえば、クラスで最近彼が話すようになったメンバーは、この選択授業にはいない。
何を思ったのか私は、自分を呼ぶ別の友達の声に「ごめん」と返して、大杉要の元へ向かった。

「ペア、組んでもいい?」

そう声を掛けると、彼は大きな目を更に大きく見開いてこちらをじっと見つめ、数拍置いて、「いいよ」と言った。

(正面で見ると更に)
なんて映える髪の色だろうと思う。
金色という名称がこれだけ良く合う髪の色もなかなかない。向かい合わせで座った彼は、おっかなびっくりといった様子で、こちらを覗うように見ていた。まるで体格に合わないその様子に私は悪いことをしてしまったような気がした。クラスでも今まで特に接点のない関係だ。急に声を掛けられたら戸惑うだろう。
「ごめん。もし嫌だったならそう言って」
私がそういうと「あ、そうじゃなくて」と彼はまたしても見た目に合わない声色で返した。
「E花ちゃんの方が、嫌なんじゃないかなって・・・・」
何に驚いたのかというと、まずは彼がクラスメイトの私の名前を憶えていたことだった。そして、申し訳なさそうに発せられた声に滲むあまりの恐縮と幼い響きに、私は思わず珍しい生き物でも見るみたいにじっと彼を見つめ返した。返答のない私に戸惑ったのか、「えっと・・・」と彼が声を発したのを聞いて、私も現実に引き戻される。イーゼルを整えて、席についた。
「ごめんなさい。私、表情が変わらないから、よく何考えているのか分からないって言われるの」
「そうなんだ・・?」
「今、ちょっと驚いただけだから。私から誘ったんだから、嫌なんてことない」
答えると、大杉要は安心した様子で、「じゃあ、よろしく」と人懐っこい笑みを浮かべた。

絵を描き始めて15分。
私は、不思議なほど集中している自分に気が付く。
鉛筆を振るう度に、その動きに合わせて揺れる金の髪。へアバンドンの下から覗く大きくてはっきりとした瞳。
(同じ人間じゃないみたい)
弁明すると、それは決して彼を貶しているつもりはなくて、ただ純粋に、今まで私がこの短い人生の中で目にしてきたあらゆる人間と、彼は違っているような気がした。
指が鉛筆に吸い付く。手が画面を走る。呼吸をしている時間すら勿体ない。
これほど描きたいと思う、描くことに夢中になる題材に出会うのははじめてだった。
目が大きい。少し面長。そして、意外と鼻が高い。
大杉要の顔の起伏を線でなぞるように描きながら、私はふと、そんな簡単な事実に気が付いた。

「・・・もしかして、大杉くんってハーフ?」

こちらが突然声を掛けると、彼の目の中に浮かんだ小さな瞳孔が素早くこちらに焦点を合わせて、驚いたように大きく開かれた。
「うん。そう。オレちゃんハーフだけど・・・初めて、人から言われた」
「そう・・なんだ・・・」
「うん」
私の中では、世紀の大発見くらいの衝撃だったのだけど、向こうにとってはただの事実なのでそこまでの衝撃はなかったのか、簡単にそれだけ言葉を交わすと、すぐさまその瞳は自分の手元に戻っていった。
「そうなんだ・・・」ともう一度、小さく口先だけで呟いて、私はなんでそんな簡単なことに今まで気が付かなかったのだろうかと思い、つられてなんだか可笑しくなって、小さく息を漏らす。
「ふふっ」

そうすると、絵を描いていた目の前の人物がじっとこちらを見つめていることに気が付いた。私が気づいて顔を上げると、「オレちゃん、E花ちゃんの表情分かるよ。今、笑ったのも分かった」って言って彼はにっこりと口の両端を上げて、それこそ幼い子供のような笑みを向けた。

金色が弾ける。
眩しいほどの光彩で、私の瞳の中に飛び込んでくる。

(カラフルだ)

それは鮮烈な色彩で私の脳裏に焼き付いた。



「あら、E花さんいいわね。凄く筆が乗ってる感じがする」
「ありがとうございます」

美術部顧問は、私の提出課題を見ると教室の窓に向かって掲げるようにしてその絵を見つめた。
「タイトルは?」
「“私から見える色”」

私の席は教室の入り口近く。後方。
私の席の左斜め前。丁度、教室の窓を望む方向に、鮮やかな色彩の彼が座っている。


END.