どこの学校にも、変わった人はいる。
見た目が目立つとか、行動が変だったり、意外な特技を持っていたりなど。
本当のところ、変わっている彼らがそのことをどう思っているのかなんて、傍から見ている普通の人間には分からないけれど、案外、周りが思っているよりも実は普通の人間だったりするのかもしれないし、やっぱり、ちょっと変わっているのかもしれない。
これは、とあるクラスに在籍しているちょっと変わったクラスメイトのお話。


うちのクラスのカナメくん
−後ろの席のDくんの場合−


「ふぁあっ」

俺が大きな欠伸を一つ零すと、黒板に向かってチョークを振るっていた教師の手が止まる。そして、声の主を探すように背後に視線を巡らして、一巡、二巡。何度か視線を彷徨わせてから「ふん」と鼻から息を漏らして、また黒板へと向き直った。

春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、4月〜5月にかけての春の陽気の良い日はとにかく眠くて仕方がない。昼休み明け一発目の授業は特にだ。俺は、板書しかけのノートの手を止めると、そのまま我慢できずにノートの上へ突っ伏した。

入学早々、ラッキーだったと思う。
特別目立つ方ではないが、元々授業を真面目に受ける気のない俺のような生徒は、必ずと言っていい程、教師連中から目をつけられる。寝てるのを気取られないように前髪で目元を隠すくらいには、俺はそれはそれは授業ってやつが苦手で、どうしたって気がつくと視線はあらぬ方向を向いているし、意識は遥か彼方を彷徨っている。好きなことならともかく、自分にとって興味のないものについて、延々と話を聞かされても困るというのが、俺の言い分だ。
しかし、高校に入ってからはそんな俺も特別目立つことがなくなった。
大杉要。うちのクラスにいる飛び抜けて目立っている生徒。身長は180cm以上。金髪の髪を逆立てて、額にヘアバンドをつけた格好がトレードマーク。人はそもそもデカイというだけで充分目立つものであるのに、そいつはそれに輪をかけて目立つ容姿をしており、うちのクラスを初めて訪れた奴は、十中八九、みんなそいつに目がいった。
そして、俺はそいつの一つ後ろの席にいる。
俺も決して背が低い方ではない。身長176cm。まあ、それなりの図体をしているし、だからこそ大欠伸をしようものなら、一発で所在がバレて、古典的な方法だと額へ向かってチョークが飛んでくる。(PTA連中がうるさい昨今、そんなことがあるなんて話は聞いたことがないが)
それが、目の前に俺よりも大きな背中が壁となって現れたことにより、こうして自分は、授業中に惰眠を貪るという至福の時間を享受できているわけである。

半分位寝ぼけた目線で、目の前の背中をとろりとろりと見やった。
大杉要の特徴は、その長身と容姿だけではない。何故か頻繁に着ているのが紫ボーダーのカーディガン。校則上、派手な色柄を禁止されているはずの私物の防寒着が、どう見ても派手じゃないか?とそんなことを思うが、特に注意されたところを見たことがない。そんな彼の服装があってか、うちのクラスはそれを基準に、女子でもピンクのベストとか着てきている奴もいるから、他のクラスからしたらちょっと派手な印象をもたれているかもしれない。
俺としても、目の前の壁がより目立つ見た目をしているおかげで、俺自身が目立つことがないのは正直助かっているので、それをいけないなどと思ったことはなかった。

クラス一目立つ見た目のこの大杉要には、ある噂がある。
それは、“大杉要は、不良なのではないか”というものだ。
まあ、正直、初見でその姿を目にしたら、第一印象としてそう映るのも仕方がないだろう。何しろ金髪、ツリ目、トサカヘアーだ。その上、大きな上背がどうしたって強そうな印象を与える。実際に強いのかもしれないし、そうじゃないのかもしれないが、そんなことは俺にとってはどうでもよかった。俺の平穏無事な高校生活を送るために支障はなかったし、それに俺は目の前の変わった背中を見ているのが、意外と嫌いではなかった。

授業中、彼はこそこそと何かを探るような動きをする。
初めのうち、それが一体何をしているのか分からなかった。
ある日、こそこそ動いている彼の手元から、ころんと、俺の足元へ転がってきたものがあった。
(なんだ?)
つま先に当たった丸いものに目を向ける。それは、カラフルなストライプ柄の飴玉だった。なんでこんなものが?とそう思ったところで、目の前の背中が急に落ち着きをなくしてそわそわと動き出した。目を上げると、チラチラと背後を気に掛けるような仕草をしている。そこで俺は漸く、この飴玉が目の前の背中のこそこその原因であることに気がついた。最初に思ったことは、何こいつ。授業中に飴玉舐めてんの。という至極当たり前のこと。そして、早弁とかならまだしも、飴玉一つ舐めるのにどんだけこそこそしているんだと思ったら、自然と可笑しさがこみ上げて、俺は授業中にも関わらず、くつくつと笑いを噛み殺していた。

授業が終わった後、目の前の背中は慌てたように、俺の足元に落ちた飴玉を拾い上げる。
ああ、やっぱりこいつが落としたのかと思いながら、俺がじっとその姿を見ていると、フと視線を上げたその顔とバッチリ目が合って、(とはいっても、俺の目元は前髪で隠れているので、向こうからは分からなかったかもしれないが)俺としてもそこで初めていつも背中しか見ていない人物の顔をまともに目にした。その顔は、いかにも「しまった」という表情をして、キョロキョロと辺りを見回すと、驚くことに人差し指を口の前に立てて「シーッ」と内緒のポーズをとった。
それはまるで幼い子供がするそれのようで。
俺はまたくつくつと喉の奥で笑い声を噛み殺しながら、同じように口元に人差し指を立てたポーズをとって、声を出さずに口元だけで「シーッ」の形をとって返す。相手はそれを見て安心したのか、「ニシシッ」とこれまた変わった笑い声を残して、拾った飴玉をゴミ箱へ持っていっていた。

大杉要が不良かどうかなんて、俺にはどうでもいいことだったが、少なくとも、あれはそんなに悪いものではないと思う。

それでも当初、クラスの連中は、面白いくらいビビっていた。
大杉要の左隣りのAなんかは、何かちょっとでも大杉に動きがあると、分かりやすいくらい身を固くして、そちらに視線を向けないまでも、右隣りの気配を探っているのが手に取るように分かったし。右隣りのB子に至っては、一切目を合わせようとはしなかった。
Aが消しゴム落とした時なんか、めちゃくちゃ面白かった。あれは、生物の小テストだったと思う。机から転がり落ちた消しゴムが、大杉要の足元に転がっていって、すぐに拾ってもらえばいいものを、それをAはずっと気にしながらも頑なに声を掛けようとはしなかった。それが、答え合わせをする段になって、隣り同士でマル付けをすると言われたときのAの焦り具合はとんでもなかった。当の大杉要はまるで普通に対応しているのに、その受け答えが全て素っ頓狂な返しそのもので、俺はそんな二人のやり取りを、ひたすら、声を上げないように笑いを堪えながら観察していた。
B子は、いつの間に打ち解けたのか、ある時から、自ら大杉要に話しかけるようになっていた。どうやら飴が好きらしい彼と、時たま、飴玉を交換していることがある。クラス一背の小さい彼女とクラス一背の大きな大杉は、並んで話をしているだけでまるで恐竜とそれを手懐ける調教師のように見えて、俺は有名な恐竜映画の1シーンを思い浮かべながら、またくつくつと笑いを零すのだった。

そうそう。忘れちゃいけない。うちのクラス初の学級委員長に就任してしまった哀れなメガネボーイCくんは、ある時から急に大杉要を意識し出した。彼の席は、教卓の目の前という俺たち生徒からすれば一番嬉しくない特等席で、それはあまりにも存在感が大きい大杉要の姿を目に映す機会の少ない、ある意味ではセーフティ席でもあったのだが、そんな関わりの薄い席にいるにも関わらず、事あるごとに大杉要を気にかける素振りを見せた。
なんだ委員長。委員長になったからには、クラス全員と仲良くしておこうとか、もしくは、クラスの危険分子を注意しておこうとか、そういう真面目なあれなわけ?などと思って見ていたのだが、彼は気にする素振りは見せるものの、だからといって特別関わりを持とうとはしなかった。
ある朝、そんな委員長に変化があった。彼が、頬に大きなバンドエイドを貼って登校してきたのだ。別にそれだけならば、どこかで転んだのだろうかぐらいのものだが、その日、顔に怪我を作ってきたのが彼一人ではなかったから、クラスは一瞬どよめいた。そう、大杉要も同じように怪我をして登校してきていたのだ。
(おっと、これはまた変な噂が立ちそうな案件だな)
当然、瞬く間に他クラスに噂が飛び交った。委員長がクラスの不良とやり合ったとか。いやいや、不良同士の抗争を止めようと、飛び込んだ委員長が怪我を負ったのだとか。根も葉もない噂話は、その中身の無さゆえに軽く、どんどん尾ひれがついて飛んでゆく。
そんな噂話とは関係なく、その日もなんとも筒がなく平穏に過ぎていったし、相変わらず大杉は授業中もこそこそと飴玉を舐めていたし。それに、俺は見ていた。放課後、いつものように担任に雑用を押し付けられる委員長に「一緒にやるよ」と言って資料室まで教材を取りに並んで歩いていった大杉要の姿を。
噂話なんて、所詮そんなものだ。

消しゴムの一件から、Aはまだ多少ビビリながらも普通に大杉要と話すようになったし、B子は相変わらず恐竜への餌遣りを続行している。委員長は、前みたいにこそこそ気に掛けることはなくなったけど、今では堂々と自分から正面切って大杉要に話をしに行くようになった。たまに委員長の方が「きみは、もっと怒ってもいいんだよ!」なんて強い口調で大杉要に言っていて、言われた当の大杉がいかにもシュンとした様子で「でも・・・・」なんて返していると、お母さんに怒られた息子みたいでなんとも言えず可笑しかった。


俺がくつくつと声を殺しながら笑っていると、プリントを持った大杉が後ろにそれを回しながら訊ねる。
「Dちゃん、いつも楽しそうだね。何かそんなに、面白いことがあるの?」
俺は回ってきたプリントを受け取りながら返した。
「まあね。高校入学してから、目の前で面白いことばっかり起こるからさ」
大杉要は、「ふーん?」と言って分かったような分からないような返しをしながら、「それは、よかったね?」と語尾にクエスチョンマークをつけながら言った。

俺は、この席が結構気に入っている。


END.